アンチの印象操作に惑わされるな!譜久村聖に対する批判コメントを論破してみた

譜久村聖

「推しに対するアンチの批判・誹謗中傷」は芸能人のファンでいる人なら一度は目にして不快感を味わったことがあるのではないでしょうか?

筆者は以前からずっと公言している通り譜久村聖様みずき様)のガチ恋ヲタクとして生きているわけですが、2020年以降みずき様に対するアンチコメントは急激に酷さを増し、現在も状況は全く改善されていないように感じます。

ヲタクとして推しを傷つけられるのは自分が傷つけられるよりも悔しくなりますし、言われっぱなしは不満だし、絶対に何が何でも推しを守りたいと思うのです。(共感してくれる人が絶対にいるはず)

先に言っておきますが、この記事は「論破」というワードを題名に含めましたが、決してアンチに向けた記事ではありません。(逆に毛嫌いする芸能人のファンである人間の書いた記事をわざわざ覗きに来るようなことがあるのならば、よっぽどの悪趣味なのだろうなと心底軽蔑します。)

他人の好き嫌いに干渉する権利は誰にもありませんしそう簡単に変えられるものでもないと思っているので、アンチに対して自ら積極的に議論を持ち掛けるだけ不毛だと考えるためです。

勿論この記事を読むことで己の過ちに気付いて目を覚ましてくれる者が1人でも出てきてくれるのならそれに越したことはありません。

しかしこの記事の真の目的は、みずき様のことを好きになろうとしてくれる人々・今みずき様のことを好きでいてくれる人々・好きでも嫌いでもないけどみずき様を知っている人々・今後みずき様を知りうる可能性のある世間一般の人々にはアンチコメントの多さだけで「譜久村聖は嫌われている」などという誤解をしてほしくない。ヲタクよりもアンチの発言内容の方が絶対的に正しいなんて思ってほしくはない。本当の真実を知ってほしい。

そんな願いを込めて、みずき様に対してよくありがちなアンチコメントを選りすぐり徹底的に反論していこうと思います。

当然ながら筆者はみずき様の全肯定ヲタクなので普段は俗に言う「盲目的」な目線で物事を見ていることは十分に自覚しています。

ですが今回は「論破」がテーマなので、出来るだけニュートラルな目線に立った上で好き嫌いという感情論ではなく実際に起こった事実をベースに筆者自身の推量をあまり挟まないように批評を展開していきます。(但し容姿に関しては良し悪しの判断基準が主観に依存するため主観ベースで胸の内を纏めさせていただきます。)

それでは早速本題に入りましょう。

みずき様以外の人物については敬称略。

容姿に関する批判

みずき様に対しての容姿批判としてよく言われるものは大体出尽くしていて、

かわいくない

顔がデカい

太い、ゴツイなど身体つきに関する批判

ケツアゴ(顎が割れている)

99%は以上のどれかに関する批判になっています。

しかし酷いですよね。いくら元アイドルだった身分とは言え、容姿批判に関しては完全に誹謗中傷として立件されうる事案です。

容姿に関しての批評は完全に人間の好き嫌いに依存するものなのでこの見出しでは筆者の持論のウェイトが多くなると思いますが、1個ずつ反論をしていこうと思います。

かわいくない

最初は至ってシンプルなやつですね。

ある対象が可愛いか可愛くないかを決めるのは完全に個人の好みによるものなので、ここでは簡潔に。

みずき様はかわいいです。

みずき様が宇宙で1番かわいいと僕は思っています。

こればかりは相手も100%主観なのでこちらも100%主観。

実際、みずき様をかわいいと思う人が多いからこそソロイベントで1000人以上集客ができるほどの人気があるのではないでしょうか?

かわいいと思う人とかわいくないと思う人とでは感性が真逆というだけの話なので仕方ありません。

ただし、本人は勿論その人を好きな人にとっては「かわいくない」と言われたらやはり傷つくし不快な気持ちになることには変わりありません。

更には、みずき様のことを「カバ」と呼び蔑んでいる発言もよく見かけます。(これは道重さゆみが「モーニング娘。のメンバーを動物に例えると?」という質問に対しての回答が由来。)

いくら嫌いな人間でも蔑称で呼ぶなんて子供じみた悪行ですよね。

もしかわいくないと思ってもネット上では言わないのが良識のある大人だと思います。

顔がデカい

アンチがみずき様を容姿批判する際に最も目にする頻度が高いのが「顔がデカい」という発言。

これに対しては部分的には事実と言わざるを得ないと思いますが、ヲタクなりにも客観的にみて筋が通っているであろう反論があります。

まず、みずき様の身長は162㎝で日本における20代女性平均の157.5cm厚生労働省 国民健康・栄養調査令和元年度版より)よりも大きいということ。

平均身長よりも大きいということはそれに比例して身体の各パーツも平均よりも大きくなるのは至極当然であるということです。(中には高身長でありながら顔が小さいモデル体型という例外もいるが)

それから、みずき様はグラマー体型でありモデル体型とは根本的に性質が異なること。

次の「太い」というコメントに対する反論と被る部分ではありますが、モデルのようなスレンダーで等身の高い体型とグラビアアイドルのように肉付きがよく豊満な体型とでは性質が全く異なる体型で魅力となる部分が対照的なため一緒くたに比較して良し悪しを議論するのはナンセンスなのではないか?と思うのです。

2023年11月まで所属していたモーニング娘。にも体格が大きめの子・小さめの子・モデル体型の子・グラマー体型の子と様々なメンバーがいたわけですが、石田亜佑美のように身長が10㎝近く小さい子や牧野真莉愛のようにモデル体型の子と並んで写真を撮ったら顔が大きく見えてしまうのは至って当然の話ではないでしょうか?

その証拠に、同じくらいの身長で体型もよく似ている羽賀朱音加賀楓、身長が少しみずき様よりも高い弓桁朱琴と並んで取った写真では顔の大きさは取り立てて言うほど変わらないように見えます。(無加工で顔が隠れていない写真を選びました)

羽賀朱音と並んだ写真
加賀楓と並んだ写真
弓桁朱琴と並んだ写真

このように、身体つきがよく似通った人物と比較すると身長160cm台の女性としては顔の大きさは標準的と言えるのではないでしょうか?

しかしながら、アンチは自分の嫌いな者を叩くためにわざと顔の大きさを比較する上では絶対に不利になる身体つきの一回り小さい子やモデル体型の子を比較対象として「顔がでかい」などと罵るのです。

「嫌いな人」という色眼鏡をかけて物事の良し悪しを自分の物差しで測っているという事実に気付かず心ない発言を繰り返しては自分が絶対的に正しいと思い込むことが果たして真に正しいのでしょうか?

太い、ゴツイ、など身体つきに関する批判

先ほどの「顔がデカい」という批判に留まることはなく、「そもそも身体つきが全体的にデカい、ゴツイ、太い」などと批判をするアンチも一定数います。

これも先ほどの「顔がデカい」に対する反論と全く同じですが、少し昔ならば「顔がデカい」よりは正しい部分の比率もそれなりに大きいと思います。

というのも、みずき様には本人比で体型がふくよかだった時期(具体的には2016年~2018年頃)があり、その頃は写真の角度によって二重顎に映ってしまったりお腹に脂肪のたるみがあったり顔もむくんでいたのは恐らく本人も認めています。{「セパ交流戦の大使だった2017年の頃の自分を「ブサイクだから見ないでほしい」と評していた。(モーニング娘。卒業直前の三十六房イベントにて)}

しかし、2018年に初めてROCK IN JAPAN FESTIVALに出演した際には「慣れない野外の猛暑でのステージ上でガス欠を起こし気を失いかけたのが悔しかった」というエピソードから「ふくトレ」と題してトレーニングに打ち込むようになり、体力増強の副次的な効果としてかなりスレンダーな身体つきになりました。

そんな今のみずき様を見ても「太い・ゴツイ」などと未だに言うのであれば極めて非人道的です。

2025年現在のみずき様。これを見ても太い・ゴツイと思いますか?
ケツアゴ(顎が割れている)

容姿批判に関して最後のテーマは、顎が割れていることを指し「ケツアゴ」と称した罵声です。

まず、みずき様の顎が割れているという指摘自体に関してはみずきヲタクも周知の事実です。

実際にみずき様の下顎に割れ目が明瞭に映っている写真はそれなりにありますし、本人も公言自体はしたことはないものの下顎を隠す写真も沢山あるので、下顎の大きさ・割れ目に間違いなくコンプレックスを抱いてるのであろうな、ということは容易に伝わってきます。(「顔がデカい」ように見えてしまう原因は下顎の長さが最たる原因であることも間違いないので)

なので、出来ればこれには触れないであげてほしいし筆者自身もこの題材でなければあまり触れないでおきたかったな、というのが率直な気持ちです。

しかしアンチは他人のコンプレックスも関係なくつついてくるデリカシーの全くない人間たちなのでこれを言ったところで無意味だと思いますし嫌いな人間に対してなら尚のことつついてくるでしょう。

だから僕もこの項目では逆に開き直って持論を展開したいと思います。

みずき様は顎が割れていたってかわいいです。

いや、むしろみずき様は顎が割れているからこそみずき様としての真の魅力があるのだと本気で思っています。

確かに日本では某芸人さんの影響もあるのか顎が割れていることを小馬鹿にするような風潮が強く、実際に当人も顎が割れていることをコンプレックスとして捉え整形手術で顎の骨を削り割れ顎を治療する人までいるのが現実です。(女性ならば尚更。)

しかし海外では割れ顎はコンプレックスどころか憧れの対象としてみられることも珍しくなく、セクシーの象徴で逆に整形で割れ顎を作りたいという人までいるらしいです。{海外にもButt Chin(ケツアゴ)などと称し醜いものとして扱う人もいることには注意}

モーニング娘。時代から有名雑誌のグラビアに頻繁に抜擢されたり、写真集を多数出版するなどセクシー担当として活躍してきたみずき様にはピッタリの個性だと思いませんか?

みずきヲタクなら全員が共感してくれるのではないかなと思います。

そんな筆者のお気に入りの一枚がこれ。

2019年の『人生Blues/青春Night』発売を記念したリリースイベントの動画より。

敢えて明瞭に顎が割れているとわかる写真を選びました。

シンプルにかわいいですよね?

顎が割れているとこも可愛いし魅力的で素敵だとかアンチを論破するだとかそういうことはとりあえず置いといて、一生懸命にパフォーマンスして汗ばみながら笑顔でファンからの声援に応える姿、まさに魅力的なキラキラアイドルだと思いませんか?

みずき様だけでなく割れ顎をコンプレックスだと思っている方々に届いてほしい。顎が割れているからって必ずしもそれを醜いだなんて思う心ない人間ばかりではない・大半の人間はそんなこと全く気にしないということ、そればかりか僕のように割れ顎を魅力的だと思う人も確かにいるんだということが伝わってほしいです。

さて、話を戻しますがこれでみずき様に対しての容姿に関する批判への反論は終了です。

大見出しの最後にもう一度いいますが、容姿に関しての趣味嗜好に関しては完全に個人の主観に依存するものなのでかわいくないと思うものをかわいいと思いなさいと己の価値観を押し付けるのが目的で反論をしているわけではございません。

しかしながら表現の自由を盾にして「この人はかわいくない」などとインターネット上で軽々しく容姿批判をするような人間の意見が絶対的に正しいとは思わないでほしいし、みずき様を本気で可愛いと思って応援しているファンもかなり大勢いるということを忘れないでください。

容姿以外に関するよくある批判

さて、次の見出しでは容姿以外に関する批判に対して反論をしていこうと思います。

具体的には、「性格が悪い」と人格を否定したり「○○という発言は人を馬鹿にしている」などと実際に本人からなされた発言に対する批判、「卒業するのが遅すぎる」などといったモーニング娘。時代のキャリアに関しての批判です。流石に全ての批判に対して反論をするのは記事が長くなりすぎてしまう(もうこの時点でも結構長くなってしまった・・・)ので、この記事では数多くのアンチが頻繁に言及している以下の2点、

モーニング娘。に長く居座りすぎて後輩のキャリアを潰した

モーニング娘。のリーダーとして相応しくなく何も功績を残さなかった

以上について徹底的に論破します。

モーニング娘。に長く居座りすぎて後輩のキャリアを潰した

某掲示板サイトやSNSやYoutubeのコメント欄などネット上では至る所でよく見る批判の口実です。

モーニング娘。のファンならご存じの人が殆どだと思いますが、みずき様は2011年1月2日から2023年11月29日まで実に12年と10ヶ月29日の間モーニング娘。に在籍していました。

そして、2015年頃からグループ内でも上位を争うレベルの歌唱力が認められたことによりメインボーカルを勤めることが多くなっていました。

一度振り分けられた歌割は基本的にメンバーがグループから卒業・脱退するまでは変わらないのが原則になっているためいつまでも譜久村がグループに在籍しているせいで、メインボーカルが変わり映えしないのはつまらない・飽きた・停滞している・後輩メンバーに歌割が行き届かないのはグループにとってよくない・歌割を独占していないで後輩に譲れ」などという声がキャリア10年目になった2020年以降から激化していました。

たしかに、歌割が偏ることによる後輩メンバーの成長機会や見せ場の損失・マンネリ化という結果だけを見れば絶対的に間違っている指摘とは言えないのかもしれません。

しかしながら、モーニング娘。の歴史を黄金期・プラチナ期と振り返ってみると歌割の偏りというのは今に始まったことではない事案なのです。そればかりか、ハロプロの他グループを見渡してみても2000年代までに出来たグループでは特に実力主義のハロプロ界において歌割の偏りは当然の現象として扱われてきましたし、近年とは比較にならないレベルで偏っていました。

その証拠に、2012年の「The 摩天楼ショー」の歌割に注目してみてください。

動画の1曲目が「The 摩天楼ショー」。

この曲でソロパートを歌っているのは田中れいな鞘師里保2人だけです。

そしてこの曲だけに留まらず、鞘師は約5年間という在籍期間でしたが加入直後から絶対的エースとして重用されていましたし、当時のれいなも10年目のキャリアで非常に長いことメインボーカルを勤めることが多かったメンバーですが「飽きた・譲れ」などという声はそこまで多くありませんでした。(当時は今ほどSNSが普及してなかった時代背景もあるかもしれないが)

例えばBerryz工房を見てみても歌割の多くは「嗣永・夏焼・菅谷」の3人でしたし、℃-uteを見てみても「鈴木・岡井」の2人しか歌ってない曲があるくらい偏っていました。

℃-uteの『悲しきヘブン』は鈴木・岡井の2人のみが歌唱で残り3人はバックダンサー。

みずき様だけがここまで叩かれなくてはならない謂れはないですし、昔の方がよっぽど偏ってたのにも関わらず今更このようなことを言われなければならないのは「ニュートラルな視点でみれば」おかしいと思いませんか?

それからもう1つ非常に重要な反論があります。

それは、ハロプロ内においてシングルのカップリング曲が2014年以降消滅してしまったこと・新曲の発売頻度自体が年々減少してしまっていることです。

先ほど挙げた事例においてあまり反発の声がなかった秘密はここにあるのではないかと考えています。

カップリングではグループ内で更に3つ4つの少人数ユニットに分けて曲を割り当てていたので表題曲で歌割が少なくてもカップリングで全員にしっかりと見せ場が用意されていました。

また、2015年までのモーニング娘。は年あたり最低でも3回の新シングル発売があったのに対して2016年以降は多くても年2回ペースで年1回しかないという年も珍しくなくなってしまいました。

このように、カップリングという救済措置もなく新曲の発売頻度及び曲数自体が少ないという状況下にも拘わらず歌割の偏りは変わらないという事態になれば、歌割の少ない子を推しているファンから不満が出てしまうのにも同情の余地はあります。

しかしながら、先ほど挙げたように歌割を多く持っているメンバーではなく、もっと重要な要因が絡んでグループの停滞化という現象に繋がっているのにも拘わらずそれを無視して歌割の多いメンバーを執拗に叩くのは完全にお門違いもいいところです。

特に、みずき様完全に歌もダンスも未経験の状態で研修生に入り、今よりも厳しいスパルタがまだ容認されていた時代を生き抜いてモーニング娘。に昇格して、「同期の鞘師に負けずセンターに立ちたい」と公言しながら努力を積み重ね、実力をグループトップクラスまで押し上げたことが歌割を決定する関係者に認められた結果として歌割の多さに繋がっていたのです。

無論、今の現役メンバーもみんな努力はしているというのはわかっています。しかし今の子たちは「自分がセンターに立ちたい!」とか「もっと歌割を増やしたい」という「自分がグループを引っ張るんだ!」という強い意思を公言する子が少ないように見えます。

歌割が多いメンバーを叩くことが恒例化してしまいその声がメンバーにも届いてしまうと歌割を積極的に狙いたいという子が少なくなりそれが結果としてグループ全体の実力を下げてしまうという最悪の事態になりかねませんし、「歌割が欲しい!」と公言する子が少ないということは現にそうなりつつあることの現れとも言えるのではないでしょうか。

それから、もし「歌割の多いメンバーが早く抜けるべきだ」という意見が正当化されるのならば、例えばモーニング娘。の新曲発売が少なくなってしまった原因を事務所の予算・リソースの限界やハロプロのグループ数増加(2013年以前は多くて4グループだったのに対し現在は7グループも存在している)であると仮定するならば、「1グループあたりの新曲発売が多いほうがいいのでグループを減らすべきだ」という主張も正当化されるべきものとなるのではないでしょうか?

しかしこれには賛同する声も少ないです。どちらも「少ないなら持ってる奴にどいてもらって奪い取って自分のものにしてしまえばよい・それで停滞化を解決しよう」という本質的には同じロジックであるのにもかかわらず、です。

なぜでしょうか?答えは簡単です。

推しのグループが削減対象になって解体されてしまったら、そのグループで努力している子がいるのにもかかわらず「他グループのために」という理由で解散させられたらどう思いますか?

少し考えたら容易にわかると思います。

それと同等の言論を僕の推しは受けていたしそれが正当な批判として容認されようとしているのです。

自分の推しが同じ目に遭ったらどんな気持ちになるか、少しは考えてみてほしいものです。

モーニング娘。のリーダーとして相応しくなく何も功績を残していない

これもアンチの主張としてはよく見る部類のものです。

みずき様は2014年11月27日に先代リーダーだった道重さゆみの卒業に伴い、僅か活動4年目で当時18歳という若さでモーニング娘。のリーダーという大役を任されたのです。

それから卒業するまで9年間もの間リーダーとしてメンバーを纏め上げてきたのにもかかわらず、今まで何を見てきたのか「リーダーとして相応しくなかった」「功績が何もない」などという主張をする者までいるのです。

一体何故なのでしょうか?

筆者が理由として考えるものは「黄金期に在籍していなかった最初のリーダー」であったことです。

初代リーダーの中澤裕子姐さんから8代目リーダーの道重さゆみまでは加入期にして1期~6期まで、俗に「黄金期」と言われるグループにおける全盛期の頃に在籍していたメンバーなので、メディア出演歴も多く知名度もかなり高いメンバーでした。

そのため、自ずとTV慣れした機転の利いたコメントが出来る、外部からの人気獲得にあたってはリーダーが出ておけばとりあえず大丈夫だという安心感につながっていたのだと思うのです。

それが顕著に表れていたのがみずき様の先代リーダーだった道重政権の時代でした。

この時代は道重田中以外に世間一般の人々でも誰もが知るほど知名度の高いメンバーはおらず、5作連続オリコンウィークリー1位を獲得して再ブレイク期と評価された時期での外部メディア出演で今のモーニング娘。印象を残さなければならないという場面に関しては道重リーダーにおんぶに抱っこだったと言っても過言ではなかったのではないでしょうか。

そんな偉大すぎた先代までのリーダーが比較対象なわけですから評価がかなり厳しくなってしまうのも部分的には認めざるを得ないと思います。

しかし、外部からの知名度・人気獲得だけがリーダーとしての功績なのでしょうか?

答えは断じてNOです。

では、みずき様のリーダーとしての功績は一体何か。

まずは、モーニング娘。を初の大手野外フェス出演へ導き常連グループとして定着させたことです。

前の見出しで言及した通りモーニング娘。は2018年のROCK IN JAPAN FESTIVAL出演をもってグループ史上初の野外フェス出演を達成し、既存のファンだけではなく外部の音楽ファン・関係者から大好評を得たことによりJAPAN JAMやCOUNTDOWN JAPANなどの様々な野外音楽フェスに多数出演するようになりました。

もちろん、これを達成できたのはリーダーだけではなく当時在籍していたメンバー全員の努力・そしてプラチナ期というモーニング娘。がスキル集団としての下地を築いた時期のメンバーの努力すべてが実を結んで花開いた結果です。

今のモーニング娘。がスキル集団として世間にも音楽業界にも広く認められたことが明確な結果として現れたこと、そしてそのスキル集団内でもトップクラスの歌唱力・ダンス力でモーニング娘。の顔としてグループを牽引してきたということは推しという贔屓目を抜きにしても譜久村リーダーとして最大の功績と言ってもいいのではないでしょうか。

先代のリーダーだった道重は歌が苦手な部分を本人も認めたうえで自らネタとしてバラエティーで笑いを搔っ攫うスタイルでしたが、6代目リーダーだった高橋愛はプラチナ期のモーニング娘。のリードボーカルとして長きにわたって活躍していました。みずき様のリーダーシップは正に高橋愛のリーダーシップに似ているのではないでしょうか?

みずき様の功績はそれだけではありません。

次に挙げるのは、モーニング娘。内での後輩教育システムに分業制をもたらしたことです。

従来のモーニング娘。にも、教育係という新メンバー加入直後にグループ内での決まり事やパフォーマンス面でのアドバイスを積極的に行うことによってサポートする役割を担うメンバーを決めるシステム自体は存在していましたし、今もそれは伝統として続いています。

しかし、みずき様は前述の通りキャリアの早い段階でリーダーに就任したので従来のリーダーのようにワンマンプレーで引っ張るには未熟だったこともありグループ内で意見が衝突する時も多かったようですし、優しい性格もあり「自分が出来ていないのに他のメンバー注意することができなかった」と語っています。

確かに、リーダー就任から初期の頃は歴代で一番頼りないリーダーだったかもしれません。

しかしリーダーという役職の重みに苦心しながらも同期や加入期近いメンバーとコミュニケーションを取ることによってダンスでグループ内トップの実力だった石田亜佑美がダンスリーダーとしてダンスの指導を積極的に行い、歌唱力でグループ内トップの実力だった小田さくらが歌唱面での技術を積極的にアドバイスするなどというリーダーや教育係だけが絶対ではなく各々が得意分野を活かして後輩を教育していくというシステムが自ずと構築されていったようです。

自分よりも得意なメンバーがいる分野に関してはそのメンバーにメインとしての指揮を委任して、リーダーとして任せきりではなく全ての分野で総合的にアドバイスを下し、裏方の関係者ともライブの構成を組み立てていく上でメンバー1人1人にフィットする曲を編成しようという提案を積極的に行うなどグループ全体の特性を最大限に活かすべくコミュニケーションを積極的に行っていました。

このようなリーダーシップは実は経営学のリーダーシップ論においても『「個人がまとめる」というリーダーシップから「集団を活かす」というリーダーシップへの変革』という最先端のリーダーシップとして提唱されている方法で、時代の変化に沿った理にかなっているシステムと言うべきではないでしょうか?

以上のような根拠から、みずき様は歴代リーダーと比較しても遜色ないリーダーとしての功績を残したという評価がなされても良いと考えます。

他にも様々なアンチコメントがありましてまだ反論したい部分も多いところではありますが、かなり記事が長くなってしまったのでそろそろお開きにしましょう。

まとめ

いかがでしたでしょうか?

全肯定ヲタクとしては不本意ながらもアンチの批判の中には必ずしも全てが間違いであるわけではないということを理解したつもりでその上で反論を展開していきました。

但し、人格否定や誹謗中傷はどんな理由であっても容認しがたいものですし、嫌いという感情論で支離滅裂な持論を展開しているアンチも多いのでそこだけは勘違いしてほしくない。そういった願いがこの記事を通してアンチ以外の方にはしっかりと伝わってくれることを願ってやみません。

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